なぜ長く歩くのが好きなんだろう|「今」に没頭すると、不安は少し遠ざかる、かな?

宮島の弥山を長く歩き、「今」に没頭する心地よさをイメージしたイラスト 運動とか旅行とか

前回の記事:
弥山を5往復して気づいた、ダラダラする自分も肯定していい理由


2026年9月20日(日)。

弥山を5往復、ようやくできました。

5往復したことについては前回の記事に書きましたが、今回は少し別の話です。

なぜ私は、こんなに長く歩くのが好きなんだろう。

歩きながら、そんなことを考えていました。

弥山5往復の記録

6:25 宮島口発フェリー
6:50 宮島フェリー乗り場出発
8:05 1回目の山頂
10:20 2回目
12:35 3回目
15:10 4回目
17:20 5回目
19:00 宮島発フェリー

登って、降りて、また登って、降りて……。

山にいた時間だけで10時間以上。

我ながら、何をやっているんでしょうね。

持っていったのは炭酸水500mlを3本。4往復目で飲み干し、ロープウェイ乗り場の自販機で追加しました。

行動食は羊羹。
昼食は、麺つゆと塩昆布を混ぜたおにぎり。

今回も、だいたいこれだけです。

スマホは古くて、すぐバッテリーがなくなるので、できるだけ電源を切って歩きました。

今どきスマホを持って山に入りながら、スマホを使えない。

何のために持っているのか、よく分かりません。

でも、案外これくらいがちょうどよかったりします。

これまでで一番きつかった

今回の弥山5往復は、これまでのロングウォークや登山の中で一番きつかったです。

以前、鴨沢から雲取山に登り、石尾根を伝って奥多摩駅まで歩いたことがあります。

距離30km。

これも相当きつかった。

でも、今回のほうがはるかにきつい。

雲取山のときは、途中で「もうやめよう」と思っても、簡単にはやめられません。

ところが今回は違います。

4往復目が終わったところで、

「今日はここまで」

と言えば、それで終わり。

誰にも怒られない。誰も困らない。

そもそも、誰も私が5往復することなんて期待していない。

いつでもやめられる。

これ、意外ときついんです(笑)。


小指の爪も外れました

2往復目には、左小指の爪を何かにぶつけて、結構な出血。

普段の私なら、ここで心が折れてもおかしくありません。

いや、たぶん何かしら理由をつくって、さっさと宮島を後にしていたと思います。

ところが、途中で海外の方が、

「大丈夫?」

と声をかけてくれました。

血を絆創膏で必死にごまかしている自分が、なんだか急にバカらしくなって(笑)。

メキシコからの方で、その方たちと、昔習ったスペイン語とか使いながら、うだうだ話しながら歩けたのも、今回楽しかったことの一つでした。

血はそのうち止まり、小川で洗い流しました。

痛い。
疲れた。
もうやめたい。

でも、人と話すと、ちょっと元気になる。

人間って単純ですね。

私だけかもしれませんが。

5回同じ道でも、弥山は飽きない

弥山には何度も来ています。

景色もある程度は知っています。

それでも、やっぱり気持ちがいい。

宮島は、どうしても「神様の島」と呼びたくなるようなところがあります。

広島の山には、鉄塔があったり、道路が通っていたり、人の手が入っているところもあります。

その点、弥山は自然が比較的そのまま残っていて、それが心地いい。

今回は同じ場所を5回。

普通なら飽きそうなものですが、意外と飽きません。

朝と昼と夕方では、同じ景色でも違って見えます。

そして疲れてくると、景色より自分の身体のほうが気になってくる。

足が痛い。息が上がる。喉が渇く。

でも、次の一歩を出す。

そのうち、

「もう何も考えたくない」

という状態になる。

これが、けっこう気持ちいい。

最後は懐中電灯

5回目の山頂到着は17:20。

そこから下山するので、当然だんだん暗くなります。

最後は懐中電灯のお世話になりました。

5往復してから暗くなることくらい、最初から分かりそうなものです。

計画性があるのか、ないのか。

微妙なところです。

ただ、無事に帰ってこられたので、とりあえず、よし。

歩いていると、頭の中が静かになる

今回、歩きながらずっと考えていたことがあります。

なんで私は、こんなに長く歩くことに飽きないんだろう。

たぶん、「今」に集中できるからなんだと思います。

歩いていると、やることが具体的になります。

次の一歩を出す。
石を避ける。
坂を上る。
息をする。
水を飲む。
疲れたら休む。

そして、また歩く。

未来のことを考える時間が、少し減る。

過去のことを反省する時間も、少し減る。

いや、考えますよ。

私の脳内には、余計なことを考える担当者が複数名いますから。

しかも、誰にも頼まれていないのに24時間勤務。

ほんと、よく働きます。余計なことばかり。

でも、長く歩いていると、その人たちが少し黙る。

身体が前に出る。
足が動く。
呼吸が続く。

ただ、それだけになっていく。

以前、歩き瞑想について、「瞑想は“戻る力”を育てることなのかもしれない」と書きました。

長く歩くことも、私にとっては似たようなものなのかもしれません。


歩き瞑想|「今ここ」に戻る力

便利すぎる毎日から、たまに逃げる

今の生活は、とても便利です。

腹が減ればコンビニがある。
暑ければエアコンがある。
分からないことはスマホで調べられる。

不安なら検索すればいい。

そして検索した結果、余計に不安になる。

……まあ、いろんな意味で便利な世の中です。

便利すぎて、何もしなくても一日が終わる。

それは、ものすごくありがたいことです。

でも、たまには、その便利さから逃げたくなる。

だから、わざわざ長く歩く。

汗をかく。
疲れる。
足が痛くなる。
腹が減る。
暗くなる。

そして、「もうやめたい」と思う。

そんなときは、余計なことを考える余裕がない。

目の前の坂と、次の一歩しかない。

それが、たぶん気持ちいいんです。

不安から逃げるためではない。

不安を考える暇がないくらい、今を生きるために。

弥山5往復。10時間以上。

確かに、きつかった。

でも、あれだけ「今」に没頭できる時間は、日常生活ではなかなかありません。

だから私は、たまに長く歩く。

……まあ、ここの5往復はもうやらないと思いますが(笑)。

今回は本当に頑張った。

それで十分、かな。


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