以前SNSで、「また会いたい」と思われる人が別れ際にやっていることを五つにまとめた投稿を見かけました。会話を引き延ばさない、相手の一言を拾う、感謝に理由をつける、話の続きを残す、自分を売り込まない。読んだ瞬間、これは接客業どころか鍼灸院のお見送りそのものだと思い、自分なりに治療院の言葉に置き換えてみることにしました。南青山で二十年、そして昨年から広島で改めて開業してみて、私はようやくこの当たり前のことに気づいた次第です。うん、遅すぎる。
まず一つ目は、会話を引き延ばさないということ。施術が終わったあとの数分、鍼灸師にはつい「もう少し話していたい」という欲が出ます。自分の話術に自信がある日ほど危ない感じがします。患者さんは着替えて次の予定に向かいたいのに、こちらの世間話に付き合わされていたら、それは治療ではなく拘束時間の延長でしかないですよね。そして二つ目が、患者さんが話した具体的な一言を拾えるかどうか。「そういえば先週、娘さんの発表会でしたよね」の一言があるかないかで、「ちゃんと聞いていた」が伝わるかどうかが決まります。小児はりで通ってくださる親御さんとの会話などは特にそうで、こちらが聞き流していないという事実そのものが、次に来る理由になるような気がします。
三つ目は、感謝に理由をつけてみるということ。「ありがとうございました」だけでは、レジのレシートと同じで誰にでも言える言葉になってしまいます。「今日、逆子の話を詳しく聞かせてもらえたので、こちらも勉強になりました」くらいまで言って初めて、その感謝は相手のものになります。そして四つ目、今日の話の続きを残しておくこと。「次回、その股関節の硬さがどう変わっているか一緒にみていきましょう」と言うだけで、次の予約は「また通わなければいけないもの」から「続きが気になるもの」に変わる。これは営業トークというより、ただの誠実さの延長なので、とても良い感じがします。
五つ目は少し厄介で、自分を売り込まないこと。次回の話をするのはいいのですが、実績や経歴を語りだすと、途端に恥ずかしくなって言葉が続かなくなるタイプです。それでも、ふとした拍子に東京時代のことを聞かれると、芸能人や政治家、逆子で診ていた方々の話を、つい得意げに話してしまうことがあります。恥ずかしがっていたはずの口が、なぜかその話題だけは滑らかになる。見送り際にその話が出そうになった日は、だいたい自分で自分にブレーキをかけるのに苦労しています。
結局、この五つに共通しているのは一つだけです。別れ際まで、自分ではなく相手を見ているかどうか。鍼を打つ技術そのものだけでは、なかなか差がつきにくいのかもしれません。差がつくのは、ベッドから起き上がったあとの数十秒、こちらがまだ相手を見ているか、それとも次の患者さんのカルテや今日の売上のことを考え始めているか、その一点だと思います。広島で一からの関係づくりをしている今だからこそ、この当たり前のことを、当たり前にできる鍼灸師でありたいと思いつつ治療にあたっています。話が面白かったかどうかより先に、ちゃんと見送れたかどうかを、今日も自分に問いたいのですが、やっぱ喋りすぎている気しかしません。



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