不思議なもので、明るくて元気な人のそばにいると、自分まで前向きになってくる気がします。「類は友を呼ぶ」という言葉がありますが、こちらが人を選んでいるわけではなく、気づけば周りにポジティブな人が集まっている。まあ、私が勝手に感化されているだけなのかもしれませんが。
去年から診させていただいている、85歳の女性患者さんの話をします。両膝を人工関節に置き換える手術を受け、さらに娘さんを先に見送るという、胸が締めつけられるような出来事を経験された方です。当時の落ち込みは尋常ではなく、娘さんの部屋には一年以上入ることができなかったそうです。治療を始めた頃も、娘さんへの思いはまだ強く残っていました。そこで、最初はあまり乗り気ではなかった膝のトレーニングも、今できる一番小さな一歩から少しずつ始めてもらいました。そして、「できたこと」「ちょっとでもできるようになったこと」を、その都度一緒に確認して、しっかり喜ぶ。改善したことや、いつの間にかなくなっていた痛みにも、改めて気づいてもらう。地味な作業ですが、この地道さこそが、回復の正体だったりします。それを一年続けてきて、「今が一番幸せ」とまで言い切るようになったのですから、ほんと鍼灸師冥利に尽きるというものです。
そのうち、ご近所付き合いも少しずつ整理されていきました。頼まれればゴミ出しでも何でもホイホイと引き受け、誰かの自慢話にも、とりあえず耳を傾ける。そんな義理と気遣いで成り立っていた人間関係から、少しずつ距離を置くようになったのです。代わりに、本当に好きな友人とだけ、しっかり語り合う時間を選ぶようになりました。光栄なことに、私もその一人に加えていただき、今では一緒に食事に出かける仲でもあります。人間関係を減らしたのに、人生はむしろ豊かになっていく。そんなこともあるんですよね。
一方の私はといえば、噂話やゴシップには聞き耳を立てず、テレビ通販の巧みな話術にも心を動かされず……と言いたいところですが、そういうのも結構好き(笑)。ただ、世間の目など気にせず裸足で走り、毎回失敗するヘンテコ料理に一人で一喜一憂し、誰も起きていない時間に外を徘徊するといった、誰得だか分からないマイルールをこなすことに喜びを見出す変人なので、それだけで結構忙しい。ゴシップにそそのかされている暇は、今のところありません。そんな話も含め、人生の先輩であるこの患者さんには、僭越ながら、治療中にそれとなく「結局、人間、誰もがいつかは死んじゃうんですよね」なんて話をすることもあります。59歳の私が、いつもそんなことを考えながら生きているというのも、まあ変な話ですが(笑)。死との距離感や、残された人が整理することになる物の量まで考えてみると、人間関係の些細な軋轢なんて、案外たいしたことではない。そんなふうに思ってもらいながら、がんじがらめになった世間付き合いから少し身を引いてみると、人生は意外と生きやすくなるのかもしれません。
そして今、この85歳の女性は、よく笑います。よく食べ、よく歩き、よくしゃべる。そして何より、「これをやってみたい」「あそこへ行ってみたい」と、次の話をするようになりました。膝の痛みをきっかけに始まった鍼灸でしたが、変わっていったのは膝だけではありません。体が少し動くようになる。すると、できることが増える。できることが増えると、気持ちが前を向く。気持ちが前を向けば、人との付き合い方も、生き方も少しずつ変わっていく。そんな姿を目の前で見せてもらっていると、鍼灸って、つくづく面白い仕事だなと思います。「人生で一番幸せなのは、いつですか?」と聞かれたら、私はまだ答えが出ません。でも、この方のように85歳になって「今が一番幸せ」と言える人生は、なかなか格好いい。私もそんなふうに歳を重ねていきたいものです。
鍼灸は魔法じゃない。
でも
体を整え
痛みをコントロールし
回復のスイッチを入れる
この力は、本物です。
その上に正しい動きが乗ると、
体はちゃんと応えます。



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