立ち会い出産をめぐる、考え方の変化について

逆子、安産について

考えが変わってきた立ち会い出産

以前、七施鍼灸院のブログで
「立ち会い出産よりも、産後の関わりのほうが大切ではないか」といったことを書きました。


男性の立ち会い出産とその先にある親子の関わり方

出産立ち会いの是非にこだわるよりも、生まれた後の肌と肌のふれあい、日々の関わりの方が大切であり、親としての自覚や愛情が育まれると考えています。


正直に言えば、今もその考え自体は大きく変わっていません。

ただ最近、妊娠・出産・子育てに関わる方々と話を重ねる中で、立ち会い出産について、少し違う角度から考えるようになりました。


分娩室は、思っている以上に「アウェイ」かもしれない

今の出産は、以前にも増して
・健診ごとに医師や助産師が変わる
・深い信頼関係を築く時間が取りづらい

そんな環境に置かれやすいように感じます。

その結果、分娩室が以前にも増して「医療的には安全だけど、心理的には孤独になりやすい場所」になっていると感じる妊婦さんが多いのも事実のように思います。

その空間に、
・感情をそのまま出せる
・取り繕わなくていい
・遠慮せずに済む

そんな身内が一人いる。

それだけで、安心感は確実に変わるのではないか。
最近は、そんなふうに思うようになりました。


分娩室での「言いたい放題」は、悪いことなのか

腰をさすって!
背中をさすって!
痛い!代わって!!

・分娩室で、夫が言われたい放題だった
罵倒され続けた

という話で男性同士が笑い話になることもあります。

でも今振り返ると、それは単なる“罵倒”ではなく、奥さんの感情の爆発を受け止める“受け皿”になれていたとも言えるのかもしれません。

そう考えると、あれも一つの役割だったのかな、と今は少し違う見え方が生まれています。


男性としての、正直すぎる本音

ここからは、かなり個人的な話です。

私自身、立ち会い出産を終えた直後、

「赤ちゃん、可愛い」
「よく頑張ったね」

よりも先に、

「やっとここから出られる……」

と思ってしまったのが正直あったように思います。
(もちろん、妻には言っていません)

はじめて立ち会った第二子の出産時、当時は鍼灸師・マッサージ師の免許を取りたて。

「少しはマッサージ、うまくなってきたかな」
なんて思っていた矢先、

助産師さんも私の職業を知っている前で、

「マッサージ下手くそ!」

と、はっきり言われたことが、今でもなぜか強烈に記憶に残っています。

……本当に、小さい人間です。


「罵倒された記憶」が、今になって教えてくれたこと

今振り返ると、人としても、夫としても、かなり未熟でした。

そして、最近いろんな人と話をするまで、あれを「罵倒」と感じていた自分を恥ずかしく思うに至っております。

なぜなら、あの場で、妻が感情を全部ぶつけられる相手が夫だったという事実そのものに、大きな意味があったのではないか、、そう思うようになったからです。

・医療者には言えないことを言える相手。
・強がらず、我慢せずに済む存在。

第一子の子育てで喧嘩の絶えなかった私たちが、そのまま分娩室に入ったような状態でしたが、今思えば、それも含めて「家族としての出産」だったのかもしれません。


最近たどり着いたこと

出産の感動を共有するためだけが、立ち会い出産の意味ではない。

感情をそのまま吐き出せる相手が、そこにいること。

その役割を、夫が担えるのであれば、立ち会い出産には、やはり大きな価値がある。

最近は、そう考えるようになっています。


男性のみなさんへ

立ち会い出産は、
・カッコよく振る舞う場でも
・正解を出す場でも
・感動的な言葉を用意する場でも

ないように思います。

ただそこにいて、感情の受け皿になる。

それだけで、十分すぎる役割なのではないでしょうか?

そう考えると、立ち会い出産はやったほうがいい。

これは、鍼灸師としてではなく、一人の未熟だった夫として、今たどり着いているところです。

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