「出産は病院でするもの」
いつの間にか、これが“デフォルト”になりました。
でも、これって、いつから“当たり前”になったんでしょうか。
もちろん、病院での出産を否定したいわけではありません。
ただ、この「当たり前」について、少しだけ立ち止まって考えてみたいのです。
……と、えらそうに書き始めていますが、
私は出産を経験したことのない「男性の鍼灸師」です。
この時点で、ちょっと距離ありますよね(^^;;。
正直に言うと、その距離感に、いつも少しもどかしさを感じています。
まず、数字の話からです。
日本の帝王切開率は、およそ20%前後。
つまり、5人に1人が帝王切開です。
ただしこの数字、毎年更新されているわけではありません。
厚生労働省が行う「医療施設静態調査」などをもとに、3年に1度まとめて把握されるものです。
だから、私たちが見ている「最新データ」は、だいたい2〜3年前のもの。
冷静に考えると、けっこうざっくりしていますよね。
そしてもう一つ。
いまの出産は、医療的にはとても安全になりました。
これは間違いありません。
ただその一方で、
「何か大事なものを置いてきていないか?」
そんな違和感を、私は患者さんや助産師さんから「伝え聞く」立場として、感じることが少なくありません。
(ここがまた、なんとも言えず歯がゆいところです)
たとえば、ホルモンの話です。
出産のとき、体の中では
βエンドルフィン(いわゆる脳内モルヒネ)が分泌されます。
- 痛みを和らげる
- 幸福感をもたらす
- “やりきった”という感覚をつくる
つまり、出産にはもともと、
「身体的にも精神的にも意味のある体験」になる仕組みが備わっています。
ただ、医療介入が前提になると、
この“プロセス”があまり重視されないこともある。
結果として、
- 無事に終わったけど、なんだか実感がない
- 自信につながらない
そんな声を耳にすることがあります。
……いや、正確に言うと、
“聞いてしまう”という感じです。
出産時に分泌されるβ-エンドルフィンは、「脳内麻薬」と呼ばれる強力な鎮痛・多幸感ホルモンです。
陣痛の痛みを和らげ、幸福感をもたらし、痛みの記憶を薄れさせる「健忘作用」により、産後の疲労回復や次回の出産への意欲(分娩ハイ)に寄与します。
通常、子宮口全開大から分娩・胎盤娩出時に大量分泌されます。
もちろん、ここで誤解してほしくないのは、無痛分娩や帝王切開が悪い、という話ではありません。
必要な医療は、絶対に必要です。
ただ——
選んでいるつもりで、選ばされていないか?
これは、男性の私が答えを出せる話ではありません。
でも、だからこそ余計に、問いとして残しておきたい部分ではあるのです。
実際、ある助産師さんのワークショップでの話ですが、
参加した17人中、16人が無痛分娩。
ほぼ全員です。
ここまでくると、
「選択」というより、
「それしか知らない」
そんな状態に近いのかもしれません。
ネットを見れば、
- 安全
- 安心
- 無痛
- 人気の産院
- 口コミ
- 立ち会い出産
- 計画分娩
そんな言葉が並びます。
もちろん間違ってはいません。
でも、それが“全部”ではない。
たとえば、助産院や自宅出産。
健康でローリスクであれば、
自然な経過で進む可能性は高いですし、
- 産後の回復
- メンタルの安定
- 主体的な出産体験
こういった面でプラスに働くこともあります。
でも現実はどうか。
助産院は減っています。
中には「助産院が存在しない県」も出てきています。
理由はシンプルで、
- 出産自体が減っている
- 経営が厳しい
- 医療とのバランスが難しい
そしてもう一つ。
助産院で出産したロールモデルが、身近にいない。
- こんなお産をしたんだ
- 私もやってみたい
そう思える人が身近にいないと、選択肢は最初から“存在しないもの”になります。
だからこそ思うんです。
妊婦さん、子育て中の方、これから出産を考える方が、普段着で話せる場所が必要だなと。
専門家の話も大事だけど、リアルな体験談はもっと大事です。
理想を言えば、
「院内助産院」みたいな形が、もっと広がるといいと思っています。
医療の安心と、自然なお産の良さ。
その“いいとこ取り”です。
あと個人的には、
無痛分娩を広げるなら、どこでも行うのではなく、
- 施設を集約する
- 麻酔科医を複数常駐させる
このあたりは、もう少し厳しくしてもいい気がしています。
(アメリカ合衆国では、比較的そうした体制が整っているとも言われています)
そして最後に。
出産って、
知識も大事だけど、
直感や経験もすごく大事だという方が多いです。
どこで産むか。
どう産むか。
これを自分で考えること。
私は当事者ではありません。
だから、最終的に決めるのは女性自身です。
でも
「考えるきっかけ」をつくることくらいなら、男性の鍼灸師でも、できるかもしれない。
……いや、せめてそれくらいはやらないと、
ただ横で「なるほど〜」って言ってるだけのおじさんになってしまうので。
もしかするとそれは、
「自分の人生を自分で選ぶ」最初の一歩なのかもしれません。
子育ての極意は、「待つこと」だとよく言われます。
思い通りにコントロールしようとするのではなく、相手の力を信じて、見守ること。
でもそれって、もしかすると子どもが生まれてから始まるものではなく、妊娠や出産の時点から、すでに始まっているのかもしれません。
便利さや安心感に全部委ねるのではなく、自分の身体の感覚や直感にも、少し耳を澄ませてみる。
出産は「どこで産むか」よりも、
「どう考えて、どう選ぶか」。
当たり前を疑うところから、本当の意味での“主体的な子育て”は始まるのかもしれません。


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