ご縁があって出会った、ある女性のことを書きたいと思います。誰かの悪口を一度も言わず、いつも人の良いところを見ようとする。素直で、飾らなくて、一緒にいると私まで少し背筋が伸びるような、そんな女性の話です。
彼女は、色々な事情があって、大好きだった以前の仕事を離れました。悩みながらも新しく出会った仕事で、そこで働く人たちが目の前の相手に向き合う姿勢に強く心を動かされたそうです。関わる人たちが、少しでも明るい未来へ歩いていけるように。彼女はそう願って、あちこちに足を運んでは学び、人とのつながりを一つひとつ丁寧に築いていきました。ようやく自分の思い描いてきたことを形にしようという、まさにそんな時期でした。
けれど、頑張り屋さんの彼女にも、ある日、思いもよらない出来事が訪れました。それは、彼女がどれだけ一生懸命に、丁寧に日々を積み重ねてきたかとは、まったく関係のないところで起きたことでした。大好きだったことができなくなり、誰かが付き添っていないといけないほどの体になってしまった。そんな毎日と向き合うことになりました。大切に積み上げてきたことを、続けられないかもしれない。簡単には言葉にできない気持ちを、彼女は一人で抱えていたはずです。
まだそのことが分かって間もない中、彼女はうちを訪ねてくれました。今までやりたかったこと、積み上げてきた学びや準備が、目の前で止まってしまう。そのやるせなさは、私が想像する以上のものだったはずです。それでも彼女は、誰かのせいにすることは決してありません。気持ちの整理などまだついているはずもないのに、「これにも何か意味があるのかもしれない」と、必死に前を向こうとしている姿が感じられます。その奥に、出口の見えない辛さをじっと押し殺している様子が、確かに見えてとれました。それでも私の前では、ずっと笑顔でいてくれました。
治療の場でお会いするたびに感じるのは、どんなに理不尽な状況に置かれても、優しさを手放さずにいようとする彼女の強さです。この苦しみも含めて、彼女がこれまで積み上げてきたものは、なくなることなく、この先もずっと彼女の中に生き続けていくはずです。焦らなくていい。立ち止まってもいい。弱音を吐いていい。あなたが歩いてきた道のりは、誰にも消せませんから。心から、応援しています。
精神科医フランクルは、人生の価値を三つに分けた。世間に差し出す「創造価値」、受け取る「体験価値」、向き合う「態度価値」。とくに体験価値は誰にも奪えない。



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