東洋はり医学会で月に2回学んでいた頃、当時の会長・柳下先生がこんな話をされた。「人間は生まれながらにして怒り、恐怖、気持ちいい、気持ち悪いという感情を持ち合わせている。しかし生まれながらにして一つだけ欠けているものがある。それが”思う”だ」。何十年も鍼を生業としてきた人の言葉というのは、ふとした瞬間に思い出す。人からの伝言はすぐ忘れるくせに。ちなみに私は日々”思い悩む”ことにかけては生まれつき天才級だと自負していた時期もあったが、歳を重ねた今ではすっかり忘れっぽい性分に変わってしまった。都合のいいことばかり忘れる脳みそである。患者さんには「考えすぎないでくださいね」と平気な顔で言いながら、本当は若い頃の自分にこそ聞かせてやりたい台詞である。
東洋医学では「木・火・土・金・水」の五行で体と心を見る。木は怒り、火は喜びや昂り、金は悲しみや落ち込み、水は恐怖や不安。そして前述した土は”思い”に配当される。つまり生まれたての赤ん坊は、怒ったり喜んだり怖がったりはできても、考えることだけはまだできない。悩みとは、大人になってからわざわざ後天的に習得する、ある意味「余計な特技」なのだ。五臓でいえば土は「脾」。脾は胃と一体で働き、飲食物を消化吸収し、後天の精――つまり生きるためのエネルギーを取り出す係である。生まれつきの才能がひとつもない私が、唯一後天的に鍛えられる部位にすがりたくなる気持ち、わかっていただけるのではないだろうか。
脾土といえば思い出すのが江戸の思想家・安藤昌益。彼は陰陽五行論そのものを否定した変わり者で、木火土金水を対等に並べず、土こそが根源であり、そこから自己運動として四元素が生まれると説いた。陰陽五行論では心を「生の本」「君主の官」、つまり最高指導者扱いするが、そうすると五行の中に序列ができてしまう。昌益はそこを批判したかったのだろう。「男女」と書いて「ヒト」と読ませ、完全な対等性を示した人だから、心だけを偉くする発想にはさぞ腹が立ったに違いない。土=脾だけは「生まれつき備わっていないのに根源」というねじれた存在だ。思えば当院もスタッフゼロで院長ひとりがすべてを担う、という点で意味不明な平等性を体現している。ただしそれは思想ではなく単に人件費が払えないだけの話だ。
とはいえ、考えてみればこれは朗報でもある。怒りも恐怖も生まれつきなら、いまさらどうにもなりゃしない。しかし脾土(=思い)だけは後天的に手に入れたもの、だから後天的に手放すこともできるはずだ。よく噛むこと。お通じを整えること。消化器を甘やかさず、かといって酷使もしない。地味すぎて誰も熱く語らないが、これが唯一「自分で操縦できる感情」のメンテナンス方法だったりする。この手の地味な話ばかりを七施鍼灸院のサイト(yochytake.com)でうだうだ書き続けている。集客のためではなく、と言いたいところではあるものの、需要があれば遠慮なく予約もどうぞ、ということは大いに伝えたいところだ。
七施鍼灸院はスタッフのいない一人経営で、日々の悩みも消化不良もすべて自分の脾土の働きでさばくしかない。噛まずに飲み込んだ言葉や不安は、たいてい後で胃もたれのようにボディブローしてきやがる。もし最近「思い悩んで仕方ない」という方がいたら、それは生まれつきの弱さではなく、脾土が疲れているだけかもしれない。まずはよく噛んで、よく出す。話はそれからだ、と偉そうに書いている私自身、開業資金の返済のことなぞを考えながら、布団の中で目を開けているのだろう。せめて二度寝の一つも、後天的に習得したいものである。
1. 安藤昌益(2005/09/22)
江戸時代の思想家・安藤昌益についての記事。「直耕」を思想の中心に据え、農業と生産に従事する人こそ「真人」とし、士農工商も階級もない「自然世」を理想とした人物。陰陽五行論を否定し、土を根源とする思想を持つ。
2. 思うこと考えることと脾土経の変動について(2019/08/12)
上の記事から10年以上を経て書いた続編。”思い”は生まれつき備わっていないという脾土の話を軸に、東洋医学の理論の自由な解釈のされ方と、昌益のような異端が生まれる背景を綴った一本。
3. 五行の「土」は、唯一”後天的”に育まれる特別な要素(2025/06/12)
柳下先生の言葉・五行と感情の対応・安藤昌益の思想をまとめた、七施鍼灸院サイト掲載中の記事。今回の新作エッセイのもとになった原点にあたる一本。



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