門外漢が語る、出産という生理現象

出産と生理現象について語る七施鍼灸院のブログ記事イメージ 逆子、安産について

自分自身が出産を経験したことはない男性が、出産について書くのは、正直気が引けます。ただ、4人の子の父として、そして逆子治療などを通じて妊婦さんに関わってきた鍼灸師として、当事者ではないからこそ言えることもあるだろうと思い、最近考えていることを少し書くことにしました。きっかけは、ある妊婦さんの「出産が怖い」という一言でした。出産の何が一番怖いかと言えば、やはり「痛み」そのものだと思います。ただ、その痛みをより怖いものにしているのは、体が途中経過を上手く報告してくれないことではないでしょうか。子宮口がどれだけ開いているか、本人には分からないまま、ある日突然「もう出る」という通告だけが来る。先の見えない痛みだから、余計に怖い。でも、その痛みそのものが無意味なわけではなさそうです。

陣痛は生理現象であると同時に、工夫や経験でいくらか対処していけるものでもある、というのが、出産を経験した多くの方がおっしゃることです。呼吸の仕方、力の抜き方、痛みの波との付き合い方——これらは出産の場だけで使い捨てられるものではなく、その後の育児にも人生にも何か大切なものを残すのではないか、と出産を経験された方や助産師さんから教えていただくたびに思います。決して「痛みに耐えた者は強くなる」という精神論を言いたいのではありません。どんな出産を選んだ人も、選ばざるを得なかった人も、それぞれの経験がその後に何かを残すはずだと思っています。痛みとどう付き合うかを体験しておくこと、その一つ一つが、案外そのまま育児という日々の実践への備えになっているのかもしれません。

一方で、無痛分娩の広告は「痛みに耐える必要はない」と語りかけてきます。確かにそうだと思いますし、選択肢が増えること自体は歓迎したい。ただ、その提示のされ方が「痛み=悪、除去すべきもの」という単純な図式に寄りすぎていないでしょうか。痛みを取り除くことと、痛みの意味ごと消し去ることは、本来別の話のはずだというのに。

この話を考える中で、最近印象に残った出来事があります。フリースタイル出産や助産師主導のお産に長年対応してきた日本赤十字社助産師学校が、令和8年度末で閉校することが決まりました。公式な理由は少子化による分娩症例確保の難しさとされています。その理由に異論はありませんし、無理に別の意味を読み込むつもりもありません。ただ、助産師主導のお産を支えてきた場が一つ消えるという事実だけで、産み方の選択肢が少しずつ狭まっていくような感覚を、私は拭えずにいます。

そもそも、出産のあり方について妊娠する前から考え、語る場がほとんどない、と言うのは、私が普段お話を伺う助産師さんたちの間でも、いつも話題に上る部分です。そうした場がないなら、少しずつでも作っていくしかないと思い、今、子育て中の方に向けて「まるっとお結び会」という場に取り組んでいます。今は子育て中の方同士がつながる場ですが、ゆくゆくは、子育ての先輩の話を聞く機会として、妊婦さんにも加わっていただけるよう広げていきたいと考えています。出産が近づくと、どうしても目の前の出産そのものに意識が向きがちですが、すでに子育てをしている先輩方と直接話し、経験を聞く機会があれば、それが出産の選択肢の幅を広げることにつながるのではないか、と思うのです。情報が入ってくるのは妊娠してからで、しかも「痛みを避ける方法」が先に耳に入ってくるのが普通です。選ぶ材料が偏っていれば、選択は自由なようで自由ではありませんよね。もちろん無痛分娩に反対しているのではありません。痛みも含めた出産という生理現象を、もっとおおらかに語れる場が、妊娠前からあっていいと思うだけなのです。産んだことのない男にそこまで言われたくない、と思われるかもしれませんが、産んだことがないからこそ、どちらの肩も持たずに言えることがある——そう思って、今日はこの話を書きました。


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