昔の赤ちゃんはぐるぐる巻きだった?|スウォドリングから考える「整えて待つ」ということ

子育てについて

昔、日本の赤ちゃんは、ぐるぐる巻きにされて育てられていたそうだ。手足を布で固定する「スウォドリング」という育児法である。今なら、「それ、虐待では?」と身構えてしまいそうだ。……まあ、毎日人様の身体に鍼を刺している私が言うのもなんだが、見た目だけで判断すると、私の仕事もなかなか誤解されやすい。昔の人には昔の人なりの理由があった。今回は、正高信男氏の著書『育児と日本人』を種本に、その理由と、そこから私が考えたことを書いてみたい。

そもそも日本では、子どもはこの世に舞い戻ってきたばかりの、神様に近い存在であり、本質的に無垢で善なる存在と考えられてきたようだ。だから祭りの山車には子どもが乗り、山の神への祈りには童が霊の依り代として選ばれる。「七歳までは神のうち」ということわざも、この延長線上にある。環境さえ整えておけば、子どもは自然によい子に育つ。そんな性善説が、日本の子育て観の土台だった。父親は口を出さず、背中を見せるだけでよい。今どきの「父親も育児を」という時代からすると、ずいぶん牧歌的というか、お気楽にも聞こえるが、それだけ子どもの育つ力を信じていた社会でもあったのだろう。

では、なぜ赤ちゃんをぐるぐる巻きにしたのか。現在では、子宮の中にいた頃の感覚を再現するため、モロー反射を抑えるため、体温を保ちやすくするため、といった説明がよく紹介されている。もちろん、それらにも一定の根拠はある。しかし正高氏によれば、日本でスウォドリングが行われた背景には、もっと切実な事情があったという。乳幼児の死亡率が非常に高かったのである。ようやくこの世へやって来た命が、あっという間にまた山へ帰ってしまう。スウォドリングには、その魂をこの世へつなぎ止める意味が込められていたという。また、農耕社会では田植えや収穫の時期には大人が総出で働かなければならない。赤ちゃんを布で包み、安全に寝かせておけることは、村ぐるみで子育てをするうえでも合理的だった。一方で、この習慣は日本だけではなく世界中で自然発生している。ただし西洋では、「柔らかい身体は布で固定して形を整えるべき未完成品」という考え方が背景にあったという。同じぐるぐる巻きでも、日本は命を守るため、西洋は身体を整えるため。同じ行為でも、その土地の世界観が透けて見えるところが実に面白い。

ところが十八世紀になると、「母性愛」という新しい価値観が広まり始める。「そんな巻き方では愛情は伝わらない」「母親が抱き、触れ、育てるべきだ」。そうした考えが広がると、それまで当たり前だったスウォドリングは、驚くほどあっさり姿を消していったという。今でいう「おひなまき」は、実際に赤ちゃんが落ち着くこともある。それでも何百年も続いた習慣が簡単になくなったということは、案外「昔からそうだったから続けていた」程度のものだったのかもしれない。人間とは、深い哲学で生きているようでいて、案外キャッチコピーに弱い生き物である。……健康法も同じだ。「○○だけで痩せる」と聞けば飛びつき、「やっぱり違いました」となる。その繰り返しを、私たちは何百年も続けているらしい。

明治の初め、来日したアメリカの動物学者エドワード・S・モースは、『日本その日その日』の中で、当時の日本を「子どもの天国」と絶賛したという。原罪を背負って生まれる存在として、子どもは厳しくしつけるべきだと考えられていたキリスト教文化圏から見れば、日本人の子どもへの接し方は、とても自由で穏やかに映ったのだろう。そして、この話を読んでいて、私は臨床のことを思った。人の体も、結局は同じなのである。整えるべきところを整えたら、あとは体を信じて待つ。手も口も出しすぎない。でも土台だけは丁寧につくる。患者さんを「治してやろう」と力むほど、体は「余計なお世話です」と言わんばかりにこちらの思惑を裏切ることがある。鍼灸師も親も、やるべきことは案外よく似ている。支配することではなく、育ちやすい環境を整えること。人の体も、子育ても、本質はそのくらいシンプルなのかもしれない。


明治時代、日本にやってきたアメリカの動物学者モースさん
彼の『日本その日その日』には、こんな一節があります

赤ン坊が泣き叫ぶのを聞くことは滅多になく、又私は今までのところ、お母さんが赤ン坊に対して癇癪を起こしているのを一度も見ていない。私は世界中に日本ほど赤ン坊のために尽くす国はなく、また日本の赤ン坊ほどよい赤ン坊は世界中にいないと確信する」


育児と日本人/正高 信男|人文・社会科学書 - 岩波書店
日本人の育児文化にはどのような特徴があるのかを明らかにし,いじめや学級崩壊のメカニズムに迫る. 正高 信男 著

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