私はなぜか敬老会に組み込まれている。還暦前なのに、である。よほど貫禄という名の老け顔なのか、それとも単なる人手不足なのか。先日そのイベントで隣になったおばあちゃんが「最近の子は結婚もしない、子どもも作らない」とずっと嘆いていた。行政が悪い、社会が悪い、今どきの子は趣味や自分のことにしか興味がない、と。孫がいる私は一応「あなたは勝ち組ね」という顔をされたが、還暦前で敬老会に呼ばれる時点で、私も十分こじらせている側の人間だ。
たしかに数字は嘘をつかない。ある調査では若者の3人に1人が「結婚するつもりはない」と答え、「いずれは結婚したい」とほぼ同率だったという。別の調査でも、異性との交際すら望まない未婚者が男女とも3割台に乗った。この手のニュースが出るたび「今どきの若者は」の大合唱が始まるが、合唱団の平均年齢はかなり高い。もはや様式美である。
でも本当にそうだろうか。甘やかされているから結婚しないと決めつける前に、経済不安や子育ての重さを散々考えた末、泣く泣く蓋をしている可能性も疑ってほしい。行政のせい、社会のせいと繰り返すのは、日本の未来を憂うふりをした、いちばん手軽な娯楽だ。お金はかからず、隣には同調してくれる仲間もいる。耳が痛いのは、他でもない私自身が同じ穴の狢だからである。
身もふたもないことを言えば、親が悪い。無茶苦茶親が悪い。ただしこれは他人の家を責めているのではなく、自分への戒めでもある。子どもが結婚しない、子を持ちたがらないのは親の責任だと思っておけば、少なくとも自分の問題として考えられる。情勢や社会のせいにしている限り、思考はそこで止まってしまうからだ。うちは4人いたので、一人にかけるお金など最初からなかった。それでも「子どもといる時間は楽しい」と思ってもらえるよう、率先して遊んできたつもりだが、実際は問題だらけの子育てだった。結果として、それぞれ好きな道を歩き、二人はすでに子どもを育てている。こう書くと「自慢か」と刺されるのは百も承知、むしろ刺されるために書いている節すらある。
ネットは不安を煽ってナンボの世界だから、そこだけ見れば子育ては割に合わない選択に見えて当然だ。だからこそ、愚痴で終わらせず、大人が自分の背中で「子どもといる幸せ」を見せる番だと思う。府中町の小さな鍼灸院で小児はりをしていると、泣きながら来た子が笑って帰り、付き添いの親までほっとした顔になるのを見る。子どもは、親を鍛えて癒す天才だ。うちの子育てが正解だとは口が裂けても言えないが、しんどさも問題も山ほどあった上で、それを軽やかに超える喜びがあった。文句を言う元気があるなら、その元気は誰かの子育てを手伝う方に回した方がよほど生産的というものだ。もっとも、その元気で私に説教してくる人が現れそうな気もするが、それはそれで甘んじて受けよう。


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