少し強く、少し適当に

治療や健康について

この歳になって、いろいろと落ち着いてきたなぁ、って感じることが多くなったように思います。

若い頃はあんなにも悶々とした気持ちで日々を過ごしていたのに、今では比較的、無難に毎日を送れている気がしますから、、

もちろん、あたふたすることもありますし、怒りや不安が湧いてくることもあります。

ただ、そこから距離を取るか、どうしても逃げられないときには腹を括って向き合うか——そんな選択ができるようになったのも、年齢をそれなりに重ねてきたからなのだろうと思っています。


若い頃は本当に荒れていました。

学生時代の酒席での失敗など、数えきることはありません。

酔った勢いで守衛さんに手を出してしまい、退学になりかけたこともありましたし、見ず知らずの人の家の庭先で眠り込んでしまい、警察沙汰になったこともありました。

挙げ句の果てには、二階の自室から転落して背骨を折ってしまったこともあります。


そういえば、その転落事故のときのことを思い出しました。

大家さんが実家に連絡をしてくれたものの電話が繋がらず、代わりに打ってくれた電報の文面が「ムスコキトクスグキタレ」。

病室で目を覚ましたとき、枕元に両親が立っていて、ひどく動揺した記憶があります。


そんな荒れた学生生活の話はさておき、その後は結婚し、子育てが始まり、生活は一気にそちら一色になりました。

正直なところ、連れ合いほどには子育てに関われていなかったと思います。

ただ、我が家の大きい子チームと小さい子チームを同時に連れ出すと、どうしてもどちらも楽しめない。

なので休みの日は、分かれて外出することが多かったです。

そんなこんなで、連れ出す機会が増えると、ここにも行ってみたい、あそこにも連れていきたい、という気持ちが自然と湧いてくるものです。

気がつけば、こんな私が子どもたちをキャンプにまで連れ出すまでになっていたのですから、、


とにかく生活は子ども一色で、まったく言うことをきかない子どもたちに振り回されながらも、少しずつ逞しくなっていったように思います。


今では子育てもひと段落し、自分の時間を誰にも邪魔されずに楽しんでおります。

多少の寂しさを感じることはありますが、それ以上に新しい目標が次々と増えてしまい、結果としてとんでもなく忙しい毎日を送っています。


  • 人や社会を必要以上に責めないこと
  • 苦手な人には近づかないこと
  • 自分の気持ちをできるだけ伝えること

自分自身、そんなふうに振る舞えるようになり、対人関係のストレスからはずいぶん解放されました。

これが自分の成長なのか、それとも子育てという責任から解放された影響なのかは、正直よくわかりません。

ただ、少しだけ強くなり、少しだけ無責任になり、少しだけ適当になったこと、そして死を意識する年齢になったこと——それらが重なって、今の心地よさが生まれているのだろうと思います。


アドラーの言う「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである」という言葉を思えば、人との距離の取り方が上手くなったことは確かです。

そんな今の穏やかさは、実年齢と精神年齢が、ようやく噛み合ってきたことから生まれているのかもしれません。

おおしたさん
yochy_take
この記事を書いた人

鍼灸師・あん摩マッサージ指圧師。
広島県安芸郡府中町出身。

東京・外苑前で20年間、鍼灸院をやっていました。

小児はりや妊婦さんの施術が多く、
逆子は気づけば2,200例以上。

「刺せば何でも治る」なんてことは思っていませんが、
整うと、体はちゃんと変わります。

青年海外協力隊でパナマに行ったり、
山奥で農業をしてみたり、

いろいろ遠回りもしましたが、
結局やっていることはシンプルで、
目の前の人の体と、ちゃんと向き合うこと。

2024年、地元・広島に戻って開業。
がんばらせるより、ゆるめて整える治療をしています。

子どもは4人、全員成人。
だいたいのことは、なんとかなると思っています。

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