「好き」を奪わない子育て|親の仕事は、子どもの人生をプロデュースすることじゃない

子育てについて
歳月がくれるものー田辺聖子

最近、田辺聖子さんの『歳月がくれるもの まいにち、ごきげんさん』を読みました。

その中に、こんな言葉があります。

好きなものには溺れなさい。
役に立つかどうかなんて後回しでいいから、とことん好きになって味わい尽くすこと。憧れはその人を育てます。先が見えなくなったとき、迷ったとき、そうして溺れたものがきっとあなたを助けてくれますよ。

素敵な言葉ですよね。

そして思ったのが、
「親って、子どもの「好き」を奪う天才になりがちだな」っていうこと。

もちろん悪気なんてありません。

だって「この子のためだから。」

でも、この魔法の言葉、便利なんですよね(笑)。

  • 勉強したほうがいい。
  • スポーツしたほうがいい。
  • 英語もやったほうがいい。
  • ピアノもいいらしい。
  • プログラミングの時代だ。

そのうち生成AIまで始めたほうがいいとか言い出すかもしれません(笑)。

気がつけば、小学生なのに社長よりスケジュールが埋まっている。

……本人は、ダンゴムシを転がしているだけで十分幸せなんですけどね。

「この子のため」は、本当にこの子のため?

親はちょっとだけ早く生まれた分、未来が少しだけ鮮明に見えます。

だから心配にもなります。

私も親なので、その気持ちは痛いほど分かります。

でも時々思うんです。

その心配、本当に子どもの未来を見ているのかな、って。

実は、
「親である私が安心したい。」だけだったりして。

耳が痛いですね。

私も痛いです。

できればこの段落だけ読み飛ばしたいくらいです(笑)。

教えるべきは「何が好きか」ではなく、「どう生きるか」

そんな私なので、親が教えることは意外と少ないと思っています。

社会にはルールがあります。

  • 人に迷惑をかけないこと。
  • 「ありがとう」が言えること。
  • 困っている人がいたら手を差し伸べること。
  • 人に喜んでもらえると、自分もなんだか嬉しいこと。

その土台だけを渡せばいい。

その上で何に夢中になるかは、その子の人生です。

親の仕事はレールを敷くことではなく、安心して歩ける地面を用意すること。

親の思いの押し売りは、子ども「夢中」をあっさり奪ってしまいます。

子どもの「好き」は宝物

好きなものがある人は強い。

苦しくても帰る場所になりますから。

迷っても、自分を立て直してくれる場所になるわけです。

だから私は、子どもの「好き」を奪わない親でいたいと思ったんです。

何かを始めさせる前に、一度だけ考える。

「これ、本当にこの子のため?」

この一拍が案外大事なんじゃないでしょうか。

少なくとも私は、その一拍を飛ばしてしまったことが何度もありました(笑)。

子どもの世界に入れてもらう

「お父さんの趣味、一緒にやろう!」

もちろん来ません(笑)。

当たり前です。

子どもには子どもの世界があります。

  • ゲームだったり。
  • 虫だったり。
  • 電車だったり。
  • 石ころだったり。
  • なんでその石をそんなに大事そうに持って帰るのか。

正直、さっぱり分かりません。

でも。

子どもからすれば、

「お父さん、その鍼とか東洋医学とか、何がそんなに面白いの?」

きっと同じなんですよね(笑)。

お互い様です。

だったら、人生をほんの少し長く生きているこちらが折れましょう。

「教えて。」

「見せて。」

そんな気持ちで子どもの世界に入れてもらう

すると、これが意外と面白い。

子育てって、教えることより、教えてもらうことの方が多いのかもしれません。

子どもは待ってくれない

一つだけ残酷なことがあります。

子どもは待ってくれません。

「仕事が落ち着いたら遊ぼう。」

「もう少ししたら時間ができる。」

その”もう少し”を、子どもは待ってくれません。

子どもの時間を、大人の都合で先送りにしちゃいけない。

気づけば、

ゲームの相手は親じゃなく友達になり、

買い物にもついて来なくなり、

「お父さん、来なくていい。」

なんて言われます。

笑っていますが、なかなかのクリティカルヒットです(笑)。

だから今日。

たった10分でもいい。

子どもの世界に乗っかってみる。

それだけで親の人生も、案外豊かになります。

「急かさない」と「好きを奪わない」

私が子育てで大切にしたいと思ったことはこの二つです。

一つは、

急かさないこと。

もう一つは、

経験と「好き」を奪わないこと。

失敗はします。

子どもも苦しい。

見ている親も苦しい。

できれば代わってあげたい。

でも、それはできません。

だから親の仕事は、

失敗しない人生を用意することではなく、

失敗しても「もう一回やってみよう」と思える場所をつくること。

  • 一緒に落ち込み、
  • 一緒に笑って、
  • 一緒に立ち上がる。

それで十分なんだと思います。

ところで、私の「好き」は何だろう

ここまで偉そうに書いておいて、

自分はどうなんだ。

そう思いました(笑)。

私の「好き」は、本当にコロコロ変わります。

  • 長い距離を意味もなく歩いてみたり。
  • 東洋医学を夢中になって勉強したり。
  • 英語を始めたと思ったら韓国ドラマばかり見ていたり。
  • 意味もよく分からないお経を覚えてみたり。

我ながら、なかなか落ち着きがありません(笑)。

でも最近、気づいたことがあります。

  • 朝早く起きること。
  • 歩くこと。
  • ブログを書くこと。

これは結構長く続いています。

好きだから続いているのか。

続けていたら好きになったのか。

もうその辺はよく分かりません(笑)。

でも、どちらでもいいんです。

その時間が、私を少しご機嫌にしてくれる。

だから続いている。

この歳になっても興味はコロコロ変わります。

だったら、子どもの興味が目まぐるしく変わるのも当たり前です。

昨日は恐竜博士。

今日は昆虫博士。

明日は料理人。

……忙しい(笑)。

でも、それでいい。

「継続は力なり」は本当です。

でも、その前に必要なのは、

「好き」が見つかるまで寄り道する自由

親は、その寄り道に付き合うくらいの余裕を持っていたいものです。

「一生続けられる趣味を見つけよう!」

なんて肩肘張らなくてもいい。

その時好きなら、それで十分

好きは育ちます。

そして、また変わります。

それも人生です。

だからこれからも、

役に立つからではなく、

好きだからやる。

そんなものを少しずつ増やしていきたい。

そして子どもにも、自分にも。

「好き」を奪わない人生でありたい。

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