「ちゃんと管理しましょう」
「計画を立てましょう」
「想定外を減らしましょう」
大人になるにつれ、こんな言葉が増えていく。
もちろん正しい。
私も保険に入っている。
それに助けられたことが幾度とある。
だから否定する気はまったくない。
……ないんだけれど。
正直に言うと、
人生で一度も「思い描いた方向に進んだ」と胸を張れた記憶がない。
だいたい想定外。
ほぼ行き当たりばったり。
計画は立てる。
そして気持ちよく裏切られる。
でも、その裏切られた先で、
なぜか新しい出会いがある。
どっこい、今も生きている。
ボーナスをもらう仕事をしたことのない、
日雇い労働者的キャリアの私が言っても説得力は薄い。
それはわかっている。
でもこの事実、
案外、軽く扱ってはいけない気がしている。
20歳のとき、人生で初めて飛行機に乗った。
行き先はインド。
予約したのは往復航空券だけ。
その間の45日間は、完全フリー。
まだ携帯もない時代。
バラナシーの日本人宿の壁には多くの捜索願い。
「捜しています」の写真が何枚も貼られていた。
そんな時代に若気の至り。
今思えば「自由な旅」でも「放浪」でもない。
ただの無知。
ただの無計画。
そして何より、
「インド行く俺、ちょっとカッコよくね?」
そんな承認欲求の国際進出。
ああ、痛い。
思い出すたびに、
「そのクソなおおしたこそが、おおしたたる所以よ」と、自分で自分を慰めている。
当然のように、現地で右往左往する。
「南は洪水でつまらない」
という謎理論を真顔で語るインド人にあっさり納得し、北部の綺麗な写真に釣られ、予定になかったカシミール行きのバスに乗り込む。
ノーと言えない軟弱日本人。
異文化以前に、自己主張問題。
そして乗った、あの旧式バス。
膝90度。
背もたれ90度。
もはや椅子ではない。
姿勢矯正装置である。
人間工学?
そんな甘えはチョモランマ。
しかもスピードバンプに遠慮がない。
ドン。
ドン。
ドン。
乗客全員、強制ジャンプ。
多様性あふれるインドで、
この瞬間だけは完璧ユニゾン。
これ、国家レベルの奇跡かもしれない。
……いや、そんなことはどうでもいい。
ふと窓の外を見る。
地平線。
草。
空。
以上。
その真ん中に、
背中を丸めて歩くサドゥがひとり。
夕方。
平原。
人影なし。
完全に「背景」なのに、なぜか主役。
私は勝手に想像する。
- 奥さんはいないだろう。
- 住民票もないだろう。
- 健康保険もないだろう。
- 老後資金も、おそらくない。
人を見た目で判断するなと、あれだけ言われてきたのに。
それでも、
その人は、
「ちゃんと生きている」ように見えた。
- 将来設計も
- 資産形成も
- ライフプランも
たぶん、ない。
なのに、
あの草原のど真ん中で、
世界で一番「今」に立っているように見えた。
シュリナガルの夜。
遠くで銃声。
「あ、ここ。景色はいいけど、わりと紛争地帯に近いんだな」
と、ビクビクしながら眠る。
それでも街は朝からチャイを売り、世界か普通に回っていた。
計画崩壊。
私は存続。
この経験は、
社会人になる身としては、なかなかのハンデだったかもしれない。
でも人生観としては、
ずいぶん有益だったと思いたい。
農家に居候していたときもそうだ。
「今年はいい出来だ」と思った白菜が、一夜で虫に全滅。
雨が降らずダメ。
降りすぎてもダメ。
準備はする。
対策もする。
でも、どれだけ整えても
「最善の環境」なんて存在しない。
あるのは自然との交渉。
ダメなら次。
次もダメならまた次。
そこには最初から
「正解」も
「最善」も
用意されていない。
協力隊の経験もそうだった。
腕時計を外そうとする泥棒。
爆音サルサを流し、猛スピードて突っ走る乗合いバス。
世界はそもそも混沌だ。
同質社会に浸かっていると、
それを忘れてしまうだけ。
だから私は、
「最善」にあまり期待しない。
これがダメなら次。
それもダメなら、もう一手。
本来、医療にも
そういう感覚があったはずだ。
一つの正解ではなく、
状況に応じた複数の「あり得る答え」。
けれど今は、
最善を一つに決め、
それ以外を排除する方向へ、強く傾いている気がする。
⸻
最善以外を排除すればするほど、
答えを出しすぎれば出しすぎるほど、
人が考える余白は、静かに消えていく。
妊娠も出産も子育ても、
そして生きることそのものも、
答えが一つであるはずがない。
毎月決まった額が振り込まれる生活は安心だ。
ありがたい。
でもそれが
「世界は管理できる」という錯覚まで運んでくるとしたら。
私たちは少しずつ、
考える力を手放しているのかもしれない。
予測できる社会なんて存在しない。
健康も、
命も、
明日も。
管理不能で、正解のない世界は、
いつでもこちら側にある。
それは不安だ。
でも同時に、
確かなる自由でもあるのだろう。
⸻
じゃあ、その混沌の中で、
人は何を支えに生きているのだろう。
次回で終了するこのシリーズ。
明日何が起きるかわからない。
誰がいつ死ぬかもわからない。
そんな世界で、
それでも人は生きる。
どうせ死ぬのに。
なぜ生きるのか。
次回もちょっとだけ、
面倒くさいことを考えてみた。



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