中野信子先生がこの動画の中で語っていた「不倫して見つからないようにするのが一番人間らしい」という言葉。
とっても印象に残っています。
前頭前野には
- 不倫をしないように自制する働き
- もし不倫をするなら、見つからないように周到に振る舞う働き
という、相反する二つの作用があるそうです。
そう聞くと、脳からして不倫を自制できない場合もあるのか、不倫も仕方がないってことだろうか、と考えてしまい人もいるかもしれませんが、それ放っておくと社会が崩壊してしまいます。
人はとてもか弱い存在として生まれ、多くの個体が命を落としてきました。
そのため、他の霊長類と比べても圧倒的に多産で、一年中発情するという、少し極端とも言える性質を持つようになったみたいです。
とにかく、子孫を残すため、そういう仕組みが備わってしまった――それがコミュニティでしか生きていけない人間のやっかいな部分でもある感じがしてなりません。
そう考えると、前頭前野が担う「不倫しないための自制心」と「不倫しても関係を壊さないための用意周到さ」
この二つの働きは、人間関係を守るためにとても大切なものでもあるようです。
人はコミュニケーションの動物です。
アドラー心理学が「人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである」と語るように、コミュニティの中で人間関係を円滑に保つことは、私たちにとって何より重要なことなのでしょう。
特に性衝動が引き起こす人間関係の崩壊は、その影響がとても大きいものです。
それを前頭前野が引き受けていると考えると、実に興味深く感じます。
「人はそれぞれのコミュニティの中で人とつながっているとき、もっとも幸福を感じる」
これもまた、アドラーの言葉です。
この感覚は「共同体感覚」と呼ばれ、「自己受容」「他者信頼」「他者貢献」「所属感」という四つの要素から成り立っています。
個の尊重が強く叫ばれ、村社会的な慣習が敬遠されるようになり、子育てのすべてを夫婦だけで担う社会になりました。
それでもやはり、人はコミュニティとのつながりを必要としています。
その役割を、負の感情が渦巻くインターネットが担ってしまっているのは、少し皮肉なことのようにも感じます。
つながっているようで、実は十分につながれていない環境。
そこにストレスを感じ、前頭前野がうまく働かず、不倫を抑えきれなくなる――
だからといって不倫を仕方がないとは思えませんし、思いたくもありません。
私たちの前頭前野は、そこまで脆弱なものではないと信じたい。
前頭前野が厚いほど自制が効き、不倫へのブレーキがかかるとも言われています。
できることなら、どうにかしてその「厚み」を保ちたいのですが、正直なところ、その方法を私はまだ知りません。
人が持つ動物としての性衝動と、実際の行動との間に生まれる乖離は、いつの時代も、どの国でも、大きな問題です。
だからこそ、どのコミュニティにも宗教的・道徳的な行動抑制が必要とされてきたのでしょう。
夏目漱石ではありませんが、〜〜とかくに人の世は住みにくい〜〜
……本当に、つくづく人の世は生きやすいとは言えませんね。




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