毎朝、自分に鍼を刺すわけ
理由はシンプル☞ “不安に飲まれないため”
私の一日は、
まず自分に鍼を刺すところから始まります。
といっても、怪しい話ではありません。
一応、鍼灸師なので、
鍼先の感覚を毎日チェックしているだけです。
これ、
毎日やっているとわかるんですが、気持ちのいい日もあれば、なんだか重だるく感じる日もある。
体が軽く感じる日もあれば、やたら重く感じる日もある。
まあ、人間なので当然ですよね。
でも関係なく、
とりあえず一本。
無心で、スッと刺す。
はい、終了。
これだけ。
でもこれ、実は
「不安に振り回されないためのルーティン」でもあったりします。
人間って、
元気なときよりも、ちょっと不安なときのほうが、びっくりするくらい余計なことを考える生き物です。
そしてその不安、
どこに向かうかというと、
最近だと、だいたいネット。
不安なときにネットを開くと、どうなるか。
はい、
不安の見本市、開幕です。
しかもこれ、
24時間フル営業・年中無休。
いつ見ても大盛況。
ほぼ渋谷のスクランブル交差点。
不安な人が書き、
不安な人が読み、
不安な人がさらに検索する。
結果
不安、絶賛増殖中。
もはや軽いバイオハザードです。
しかも不安って厄介で、
ドカンとは来ません。
ボディーブローみたいに、じわじわ効いてくる。
気づいたら、
- お腹カチカチ
- 体温じんわり低下
- 心拍数なぜか上昇
- そして謎のイヤな汗
はい、体にいいことゼロ。
むしろフルコンボでマイナスです。
だから、不安になったら。
ネットじゃなくて、
人を頼ってください。
親でもいいし、
先生でもいいし、
友達でもいいし、
近所のおばちゃんでもいい。
(※情報は町内会レベルで拡散される可能性あり)
とにかく、
ネットという“無加工の情報”を、人という“フィルター”に通す。
これ、めちゃくちゃ大事だと思います。
【以前書いたブログから】
前頭前野と性衝動――人はなぜ関係を壊してしまうのか
人はコミュニティとのつながりを必要としています。
その役割を、負の感情が渦巻くインターネットが担ってしまっているのは、少し皮肉なことのようにも感じます。
とはいえ、
不安ってやつは、そんな簡単に帰りません。
しぶとい。
どれくらいしぶといかというと、風呂のカビレベル。
こすっても、
こすっても、
「まだいるけど?」って顔してる、あの感じ。
じゃあどうするか。
答えはシンプルです。
ルーティンを持つこと。
調子がいい日も、
悪い日も、
やる気がある日も、
何もしたくない日も。
とにかく同じことをやる。
淡々と。
無心で。
あのイチローも、
徹底的にルーティンを大事にしていたと言われています。
そこまでストイックじゃなくてもいいですが、「振り回されない軸」を持つという意味では、かなり本質的なことだと思います。
私にとっては、それが、
「自分に鍼を刺すこと」
という、ちょっとクセのあるルーティン。
でも別に、鍼じゃなくていいんです。
散歩でもいい。
コーヒーでもいい。
ラジオ体操でもいい。
音楽でもいい。
大事なのはひとつ。
「何も考えずにできること」
これを持っていると、不安を検索する時間が減ります。
本当にしんどいとき。
息をするのも重たいとき。
なんかもう全部イヤなとき。
そういうときは、
検索、一旦ストップ。
代わりに、
深呼吸。
しっかり息を吐く。
それだけでもいい。
そして、
あたたかい人の近くへ。
何か話さなくてもいい。
ただ、そばにいるだけでいい。
そういう人って、
だいたい、います。
しかも、
思っているより
かなり近くに。
灯台下暗し。
人は遠くの情報ばかり探して、近くの人を見落としがちです。
でも実は、
ちゃんといます。
あなたを気にかけている人。
たぶん。
かなりの至近距離に。
(気づいてないだけで)
応援しています。


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