満月の日、出産が増える。
今ではあまり聞かなくなったこの話も、10年ほど前までは、現場で働く助産師さんたちから何度となく耳にしていました。
10年以上前の話になりますが、
東京にいた頃、長く診させていただいていた助産師さんがいました。
総合周産期母子医療センターに勤務されている、いわば出産の最前線にいる方です。
ある日、その方がこんなことをおっしゃいました。
「大潮のときは忙しくなるから、月齢カレンダーを見て出勤するようにしてるのよ」
「占い」のようにも聞こえるこの言葉。
ですが、話しているのは日々出産に立ち会っている医療従事者です。
しかもこれは、まだ今ほど帝王切開や計画分娩が一般的ではなかった頃の話。
総合周産期母子医療センターであっても、できるだけ人為的な介入を避け、自然な経過を大切にしていた時代でした。
つまり、「自然に任せた結果としての出産」が、今よりもずっと多く観察されていた時代です。
そう考えると、この何気ない一言の持つ意味も、少し違って見えてきます。
一方で、現在はどうか。
計画分娩や無痛分娩が広がり、出産のタイミングをある程度コントロールできる時代になりました。
その結果として、
本来あったかもしれない「自然のリズムによる偏り」は、見えにくくなっている可能性があります。
助産師さんたちの中でも、
「昔は確かにそう感じていたけれど、今はよく分からない」という感覚に変わってきているのかもしれません。
そんな話を聞いて以来、
「逆子にも何か関係があるのだろうか?」といったことを、少しずつ調べるようになりました。
ただ結論から言うと、
現時点では、はっきりしたことは分かっていません。
というのも、
逆子が「いつ回転したか」を正確に把握すること自体が難しいからです。
健診で、
「頭位に戻っていますね」と言われて初めて分かることが多く、実際にいつ回転したのか、どの瞬間にそうだったかについては、ほとんどの場合、よくわかりません。
患者さんに伺っても
「気づいたら戻っていました」というケースがほとんどです。
こうした背景を考えると、
厳密な統計を取ることの難しさは容易に想像できます。
一方で、臨床の現場では興味深いエピソードが少なくありません。
最近、不妊治療で来られた方がこんなことをおっしゃっていました。
「うちの子も姉の子も、満月の日に生まれているんです」
さらに言えば、最近生まれた私の孫も、大潮の時期での生まれました。
結構重なることが多く、
ここまで重なると、単なる偶然として片づけていいのか、少し考えたくなります。
もちろん、こうした個別の体験談は、学術的なデータとして扱うには難しい側面があります。
再現性や客観性を担保することができないためです。
ただ一方で、現場で繰り返し語られる“似たような話”には、何かしらの背景があるのではないか、と感じることもあります。
こうした現象を説明する考え方のひとつに、「バイオタイド理論」というものがあります。
潮の満ち引きのように、生体にも周期的なリズムが存在し、
それが月の運行と何らかの形で関係しているのではないか、という視点です。
※ このあたりについては、まだ整理しきれていない部分も多いのですが、臨床の中で感じていることも含めて、いずれ改めて書いてみたいテーマのひとつです。
そういえば、
別の方から「アシュタンガヨガを始めてから、生理周期が満月や新月と一致するようになった」というお話をきいたこともあります。
東洋医学的な視点から見ても、
女性の身体は環境やリズムの影響を受けやすい側面があります。
現代医学で明確に説明できるかどうかは別として、身体が外部のリズムと何らかの形で同調する可能性は、完全には否定できないように感じています。
話を戻します。
妊娠36週以降でも、
「赤ちゃんの位置がよく分からない」とおっしゃる方は少なくありません。
また、後期に回転したケースでも、
「いつ回ったのかは分からない」というのが一般的です。
このような状況では、
「特定のタイミングとの関連性」
を検証すること自体が難しいのも無理はありません。
とはいえ、
出産と月の関係については古くから議論されてきました。
いくつかの報告では、
満月や新月の当日よりも、
その前後(1日前や数日後)に出産が増える傾向が示唆されているものもあります。
このような
「わずかなズレ」が見られる点は、むしろ自然な現象とも言えるかもしれません。
また、
大潮の時期についても興味深い視点があります。
大潮は満月や新月の前後数日。
潮の満ち引きが最も大きくなるタイミングです。
この変化が人体にどの程度影響するかについては明確な結論は出ていませんが、中潮から大潮へ移行するタイミングに何らかの変化がある可能性を指摘する声もあります。
ただし、
この点についてもあくまで仮説の段階であり、断定はできません。
もちろん、
大潮とは無関係に出産される方も数多くいらっしゃいます。
そのため、
「必ず関係がある」と考えるのではなく、一つの可能性として、適度な距離感で捉えることが大切だと思います。
こうした視点に立つと、
「人間の身体は、ある程度自然環境の影響を受けている」と考えること自体は、決して不自然ではありません。
すべてをコントロールできるわけではないからこそ、自然との関係性を見直すことには意味があるように感じます。
ちなみに興味深い話として、
高緯度地域(北極・南極に近い地域)では、月と出産の関連性がはっきりしにくいという説もあります。
これは潮汐の影響が弱くなるためと考えられています。
では日本はどうか。
赤道付近ほど影響が強いわけでもなく、高緯度地域ほど弱いわけでもない。
言い換えると、
やや曖昧で、はっきりしにくい位置にあるとも言えます。
そのため
統計的に明確な差が出にくい一方で、現場では「大潮は忙しい」と感じるケースが一定数存在する。
この“現場感覚”は、完全に無視できるものではないとは個人的には考えています。
近年は医療介入も増えており、
こうした自然なリズムの影響が表面化しにくくなっている可能性もあります。
結局のところ、
科学的に完全に説明できるかどうかとは別に、何らかの影響がある可能性は否定できないというのが、現時点での現実的な立ち位置ではないでしょうか。
最後に少し余談を。
日本標準時は兵庫県明石市(東経135度)ですが、
実は「日本の基準となる経緯度原点」は東京都港区麻布台にあります。
座標は
東経139°44′28.8869
北緯35°39′29.1572
非常に細かい数値ですが、
こうした基準があることで、私たちの位置や時間が正確に定められています。
またまた話が逸れましたが。
私たちは日常の中で意識していないだけで、時間や空間、そして自然のリズムの中で生きている存在なのかもしれません。
満月の日に出産が増えるのでしょうか?
それはまだ明確には分かっていません。
ただ、
人間の身体が宇宙のリズムと無関係ではないと考えると、そこには少しだけ興味深い世界が広がっているように感じます。
忙しい現場では、
そんなことを考える余裕はないかもしれませんが。


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