優越感とは、他者との比較から生まれる心の動きです。
もちろん、劣等感も同じーー。
小さい頃から「神童」と呼ばれ、周囲の期待を背負って進学したものの、自分よりはるかに優れた人たちに出会い、心が折れてしまった……そんな話は決して珍しくありません。
反対に、かつて見下していた同級生が立派な企業に就職したと聞き、今度は自分が劣等感に苛まれる――
誰しも一度は耳にする出来事です。
こうして、私たちは気づかぬうちに比較連鎖の渦に巻き込まれ、心が揺れ動いていきます。
そんな中、いつの間にか「競争」が当たり前になり、「人より優れていなければ生き残れない」と思い込んでしまう。
優越感を糧にしていたはずが、その優越感が、気づけば劣等感の入口にもなり得るーー
そんな落とし穴があるのです。
しかし、優越感を満たすことで生まれる「幸福感」は、一時的なものに過ぎません。
そこに依存すれば、より強い不安がつきまといます。
なぜなら、自分が優れていると思う根拠が、常に他者に依存しているからです。
一方、より本質的で持続可能な「自信」は、人とのつながりの中に生まれます。
アドラー心理学における有名な考え方に、「他者を信頼し、他者に貢献することで、自然と自分を好きになれる」という「共同体感覚」があります。
誰かの役に立った、喜んでもらえた――
この経験こそ、子どもでも大人でも、根源的な自己肯定感の源泉になります。
だからこそ、子どもの頃に「役に立った」「ありがとう」と言われた経験を積み重ねることが重要です。
それが十分に育っていれば、多少勉強しなくても心配はいりません。
どこかで「誰かの役に立ちたい」と思うようになれば、自然と必要な努力ができるようになります。
親としてできることは、その気持ちが芽生えるのを信じて待つこと。
そして、家だけは安心して帰れる場所であること。
何もしていなくても、ただ「あんたがいてくれて嬉しいよ」と言ってあげられる場所であれば、子どもは自分の存在を肯定的に受け止められます。
そんな「存在自体の喜び」を幼い頃にしっかり感じて育った子どもは、意外なほど芯が強いものです。
外見は頑張っているようでも内側がスカスカな「優秀な子」よりも、存分に甘え、存分に愛された子の方が、どんな環境でもしぶとく生き抜く力があると思います。
鍼灸でも、人の心の状態が身体に現れることはよくあります。
優越感や劣等感が引き起こすストレスは、自律神経や内臓、消化不良、肩こりや不眠として訴えることも少なくありません。
「比べる生き方」から「つながる生き方」へ。
心身ともに健康でいられるヒントは、こうした小さな見直しの中にあるのかもしれません。
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皆さまの日常が少しでも楽になりますように。


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