日曜日は墓参りに行ってきました。
正直、
少し前の自分なら、お彼岸だからといって、お墓参りには行っていなかったと思います。
でも最近、
ご年配の方と話す機会がやたら増えて、「手を合わせること」や「お彼岸」といった話が普通にできる中で、以前ちょっとかじった仏教の記憶がふっと戻ってきました。
こういうの、
年齢なのか、環境なのか。
まあ、どっちでもいいですよね。
せっかく倉橋に来たんで、桂が浜から登れる火山へ行くことにしました。
本当はもう少しトレーニングするつもりだったけど、夕方に往診が入ったので2往復で終了。

連休最終日、しかも午後から雨予報。
「今日は人、少ないんじゃね」と読んで行ったら
ほぼ貸切^ ^
こういうときだけ、
妙に読みが冴えわたります(笑)

久しぶりの山歩き
で、
途中から裸足に。
元旦、ワラーチで弥山に登って、寒さで足裏が割れて以来の足裏トレです。
正月早々、弥山に三度登りました――腎と脾を目覚めさせる元日の過ごし方
正月早々、弥山に三度登りました。登って、降りてを繰り返す中で感じたのは、腎と脾が同時に働く感覚。よく歩き、よく食べ、よく眠る。東洋医学の視点から身体の整え方を考えました。
そこから遠ざかっていたので、ほんと久しぶり。
…で、
当たり前ですが、普通に痛い。
やっぱり人間、使わないとすぐに鈍りますね。
あの間宮林蔵が「足裏は毎日鍛えないと弱くなる」みたいなことを書いていたらしいけど、
そりゃそうだよな、と妙に納得です。
健康法とかスピリチュアル界隈でよくある「大地のエネルギーが〜」みたいな話は、正直あまり興味のない私。
そういうのが好きな人は、それでいいと思うけど。
自分はシンプルに、
痛い。
でも、気持ちいい。
それだけでいいと思っています。
裸足であるくともちろん痛い。
なので、ちゃんと足元を見ます。
・どこが滑るか
・どこが危ないか
・どこに乗せるか
そのうち、感覚でわかってきます。
だって痛いんだもん(^◇^;)
足の裏全体、
母趾や小趾に体重が乗る感じも、すごくいい。
結果的に、
登山靴より転びにくくなります。
そして登山靴が、めちゃくちゃ歩きやすくなるんです。
人間のセンサー、
使えばなかなか優秀。
実は、
普段サボってるだけで、やればできる子なんです。
だから裸足は、
感覚を研ぎ澄ますのにすごくいいです。
ただし、大切なのはここ。
- 落ち葉は何が中にあるかわからないので、裸足は絶対ダメ。
- もちろん初めての場所で裸足になるのも厳禁です。
実際、火山も標高100mくらいまでは、ガラスや陶器の破片が登山道に残っています。
なので、そういう場所はちゃんと履いてください。
この山には何十回と来ているからわかること。
当たり前ですが、
裸足は“下見ありき”です。
このへん、ノリでやると必ずケガをします。
歩きながらの「全身トレーニング」
今回もただ歩くだけじゃなく、いろいろ実験しました。
- 舌を上顎につける(舌トレ)
- 舌回し
- 丹田を意識
- 呼吸(2歩吐いて1歩吸う)
気づいたら、やること多すぎて忙しい(笑)
でもこれがいいんです。
余計なことを考える余裕がなくなりますから。
結果、少しずつ脳が楽になっていきます。
「無になる」って、こういうことかもしれませんね。
脳を空っぽにするということ
最近よく思うのは、
脳を安定させるのって、「何かを足すこと」じゃなくて、一度、空っぽにすることなんじゃないか、ということ。
長い年月で溜め込んだ“思考のゴミ”は、たまにはクリーンアップしないとバグります。
実際、バグってる人、増えてる気がしますし。
⸻
世の中は、
・覚えること
・考えること
が「すごい」とされがちだけど、
その前に必要なのは、いらないものを捨てること。
瞑想って、まさにそれ。
食べて、入れて、さらに足してから「整える」って、ちょっとズレてる気がします。
不安や依存から少し離れるために
頭がパンパンの状態だと、
・これがないと不安
・この人がいないとダメ
・これがないと満たされない
どんどん依存が増えていきます。
でも、
- 裸足で足元を見て
- 呼吸を感じて
- 体に意識を向ける
それだけで、
不安や依存から少し距離が取れると思います。
瞑想に似てるけど、ちょっと違う、動きながらの体の観察。
これ、
けっこういいですよ。
健康は「自分の体で確かめるもの」
もちろん、
裸足も、呼吸も、山も、全員に合うとは思っていません。
でも大事なのは、
自分でやって、感じること。
トライして、ズレて、また調整する。
東洋医学も本来そういうものだったはずです。
知識より、まず体験であり体感。
ということで
- 脳はまず空っぽにする
- 感覚を使うと体は整う
- 健康法は人それぞれでいい
裸足でも、呼吸でも、瞑想でもいい。
自分なりの「リセット方法」を持っている人は、やっぱり強いです。
七施鍼灸院として
七施鍼灸院では、
「こうすれば健康になる」と決めつけることはしていません。
うちは、
“教える場所”じゃなくて“一緒に探す場所”ですから。
正解を押しつけるより、
その人の体に合う感覚を見つけたほうが、たぶんいろいろ早くよくなるような気がします。
整えるのは、
こちらが一方的にやるものではなく、一緒に探していくものなので。
健康も、体も、
思っているよりずっとシンプルが心地よいです。
…むしろ、シンプルじゃないと続きませんから。


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