「上機嫌でいることは、大人の最低限のマナー」
これ、個人的にはかなり気に入ってるし、真理だと思っている。
だから皆さんも知っての通り、私はできるだけいつも上機嫌でいるようにしているわけ。
別に、偽善者ぶるつもりもないし、悟りを開きたいわけでもない。
ただ単純に、不機嫌って、コスパが悪いから。
それだけの話。
不機嫌で得すること、ほぼない。
いや、正確に言う。
まったくない。
例えば、
不機嫌な顔でコンビニに入って、レジの人が急に「本日はお疲れさまでございます✨」
みたいな神対応になること、ないよね。
逆に、
ちょっと上機嫌に「ありがとう」なんて言ってみると、なぜか袋詰めが丁寧になったりする。
あれ、たぶん気のせいじゃない。
たぶん。
でも周りを見渡すと、不機嫌さんって、意外と多い。
鍼灸師的に言えば、気血の巡り、最悪。
そんなんだから、
不機嫌さんって、正直、治るわけがない。
……いや、治らなくてもね。
不安マシマシを不機嫌でしっかりコーティングしたみなさんは、なぜか毎週きっちり通ってくださるので、
「経営的には優等生な患者さん」になる可能性は、あるにはある(笑)。
そう、
治らないけど、来させ続けるという選択肢に、ぴったり適合する人が、この界隈にはわりと多い。
不機嫌さん、
今風に言えば、だいたい他人軸。
サプリに健康器具
売り手の言いなり。
権威の言いなり。
「〇〇先生が言ってました」で即信用。
自分で考える能力?
「そんなもん、とっくの昔に捨てちゃったよ」って威張られてもね。
そりゃそうだ。
ありがたい購買層ほど、リピートさせやすいんだから。
※私はやらないけどね。
そういう人、普通に、めんどくさいから。
ブログで自分の考えをわりと正直に書いているのは、そういう人を遠ざけるためといった、実は自分の身を守るためでもあったりする。
とはいえ、上機嫌でいると、たまに「能天気」とか「なめられてる?」って、誤解されることもある。
他人の不寛容に過剰適応すると、ずるい人が寄ってくる感じ。
そういうのを受け入れていると、ただの「疲れる人」になる。
だからといって、不機嫌を装う必要もない。
それ、上機嫌パワー削られるだけだし。
このあたりは、大人の嗅覚の出番かな。
例えば、
・やたら距離を詰めてくる
・最初から被害者ポジション
・「みんな言ってますよ(何人やねん?)」が口癖
・頼んでもいないのにアドバイスしたがる
・感謝より要求が先に出る
・忙しいアピールがやたら長い(でもなぜかこちらの時間は無限に使う)
・ルールや順番を「私は例外」で突破しようとする
・こちらが上機嫌だと、なぜだか不機嫌
そんな「この人かな?」ってな人、誰もが身近に思い浮かぶんじゃないかな。
ずるい人にはね、
- ここは一歩引く
- ここに線を引く
- 意識に入れず相手にしない
それを静かにやる。
そして静かにその人から距離を置く。
それが、そういう人たちを遠ざける最も穏やかで確実な方法だと思っている。
そういえば、どこかのお寺の掲示板に、こんな言葉があった。
言ってることではなく
やっていることが
その人の正体
本当にその通り。
人は「言っていること」ではなく、「やっていること」で判断される。
だいたいにおいて、ずるい人は言動不一致でわかる。
話は立派でも、行動が追いついていないから。
そしてもうひとつの判断材料が、世間一般で言うところの、いわゆる「ふつう」から、どれだけズレているか、
という視点。
日常の所作に、すべてが表れるからね。
この「ふつう」を嗅ぎ分けるための“嗅覚”を育てること。
それこそが、勉強なんかよりもね、家庭での大事な役割なんじゃないかと思っている。
これまで出会ってきた、誰もが知っているような社会で長く活躍している人たち。
そして、芸能界で長年第一線に立ち続けている、見た目がどんなに奇天烈なパフォーマーであっても、共通しているのは、中身は意外と「ふつう」。
しかもその「ふつう」
一般の感覚に、どれだけチューニングできるかという点に、とても敏感な感じがする。
派手なのは、あくまで“表現”。
中身は、徹頭徹尾“生活者”。
ゴミ出しの曜日を守れるかどうか。
たぶん、そこらへんからかな。
当たり前の見極めなんて。
普通を持ち合わせているから、浮き沈み激しい世界で長く生き続け、信頼され、その表現がちゃんと一般ピーポーに届くんだろうね。
だからね
個性なんて二の次三の次。
個性よりも先に、家庭は勉強を強いる場所である前に、生活を教える場所であるべきなんだ。
- 挨拶ができるか
- 場の空気を読めるか
- 自分の得より、場の流れを優先できるか
派手さゼロ。
でも、信頼はここで決まる。
家庭って、実はものすごく地味な訓練の場。
- 挨拶をする
- 順番を守る
- 公共の場では静かにする
- 相手によって距離感を変える
これ全部、生きるための大切な技術。
人はカメレオンでいい。
親の顔もあれば、子どもの顔もある。
上司のときもあれば、部下を演じる日もある。
ご近所ではフランク。
仕事ではきっちり。
それを自然にやれる人が結局「信頼できる人」になる。
実は、個性ってそういう中で育ち、巣立っていくもの。
土台がないまま個性だけ叫ぶと、だいたい事故る。
マジで。
ほんとに。
正直、たいした「個性」なんて、ほとんどの人は持っていない。
でも、それでいい。
それが普通。
個性は、生活がちゃんとできてから、勝手ににじみ出るものだから。
でも生活がしっかりできてないとね、「誰かのために」が「自分の承認欲求を満たすために」にすり替わっていることがある。
これ、アドラー心理学でいう共同体感覚の話につながること。
他者を仲間とみなし、居場所をつくるために貢献する。
それが、結果的にいちばん人を幸せにする。
心理学でも、宗教でも、哲学でも、だいたい同じことを言っている。
ということで、結論はシンプル。
陰口を言われようが、嫌われようが、それは相手の課題。
こちらは、今日もできるだけ上機嫌でいるだけ。
そう考えると、上機嫌は最強のセルフケアであり,身を守る武器でもある。
上機嫌は、性格じゃない。
技術であり、習慣であり、選択。
鍼も灸も、一回で人生変わる魔法じゃない。
でも、ちゃんと続ければ、気づいたら体は変わってる。
そして何より、体にも、心にも、めちゃくちゃ効く。
そんなこんなで、今日もできるだけ上機嫌でいきましょう。
それがいちばん、自分を守り、周りを楽にする方法だから。

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